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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)807号 判決 1999年6月14日

原告

相互信用金庫

右代表者代表理事

田中節夫

右訴訟代理人弁護士

楠山宏

被告

鎌田俊雄

右訴訟代理人弁護士

江里口龍輔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一二月二八日から支払済みまで年一四%の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告と信用金庫取引契約(以下、基本契約という)を締結した訴外塩崎繊維株式会社(以下、塩崎繊維という)の債務を主債務として、原告と連帯保証契約(以下、本件契約という)を締結した被告に対し、その債務の履行を求めた事案である。

二  請求の原因

別紙記載のとおり。

三  被告の抗弁

本件契約締結の事情、塩崎繊維と被告との関係、原告と塩崎繊維との取引の経緯、本件契約から本訴提起までの期間等を考慮すると、本訴請求は、信義則に違反し、権利の濫用として、許されない。

また、本件契約は包括的根保証契約であるから、身元保証に関する法律の類推適用があり、締結から五年間で効力が消滅している。

第三  判断

一  別紙請求の原因第一の一、二の1、3、5、第二の事実は争いがなく、その余の事実は、甲一、二により認められる。

二  被告の抗弁について

1 別紙請求の原因によれば、本件契約は包括的根保証契約と認められる。

このような場合、連帯保証人の責任が、期間、金額において無限に責任が及ぶと解するのは相当でない。連帯保証契約がなされた事情、債権者と主債務者との取引の状況、主債務者と連帯保証人の関係、連帯保証契約後の経過期間、その間の債権者の連帯保証人に対する対応等一切の事情を斟酌し、信義則に照らして合理的な範囲に連帯保証人の責任が制限され、場合によっては責任が免除されることもあると解するのが相当である。

2  そこで、本件について検討するに、証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、塩崎繊維の元代表取締役塩崎明(以下、塩崎という)が、まだ個人営業で肌着の生地を販売していた昭和四四年ころ、取引先として知り合ったもので、当時被告は、昭和一九年に父が設立した有限会社丸ケイセンイ(以下、丸ケイという)を経営していた。

丸ケイは、肌着の製造販売会社で、その生地の取引先として、塩崎と取引することとなったものである。

(乙八、弁論の全趣旨)

(二) 塩崎繊維は、昭和四八年三月二三日に設立されたが、被告は、塩崎繊維の設立発起人でもなく、株主となったことも、取締役や監査役等の役員になった事実もない。

(乙三の1ないし14、五、六の1、2、七の2)

(三) 本件契約が締結された昭和五〇年頃には、塩崎繊維における丸ケイの取引先としての地位は中庸程度であったが、その二、三年後からは、塩崎繊維では、業界大手や一流総合商社との取引が大半を占める様になり、丸ケイの取引先としての地位は著しく低下し、昭和五二年から五五年までの三年間は取引はなく、その後少額の取引が再開されているが昭和五九年からは全く取引関係はなくなった。

(乙七の1ないし17)

(四) 本件契約締結の事情については、本訴提起の二二年以上も前のことであり、被告には、塩崎繊維の当座取引開設のため、頼まれて形式的に保証人になったと思うという程度の記憶しかなく、塩崎においても具体的な記憶はない。原告においても、本件契約締結前の昭和四九年に塩崎繊維が訴外八木商店からの受取手形一通を割り引くにあたり、稟議書による内部審査を行っていることは認められるものの、これより格段に重要性が認められると思われる基本契約及び本件契約締結の際の稟議や審査手続きに関する書類はなく、締結時の事情は明らかではない。

(甲五、乙五、一二)

(五) 塩崎繊維は、昭和四八年三月二三日資本金四五〇万円で設立され、その後、昭和五五年八月一日に資本金を九〇〇万円に、昭和五八年一月二二日に資本金を一二六〇万円に、昭和六一年三月一日に資本金を三三五〇万円に増資した。そして、昭和六一年三月二四日には、自社ビルを建てて本店を移転し、さらに平成四年七月一九日には、七階建てのビルを建てて、本店を大阪市西区阿波座へ移転した。

(乙三の1ないし14、五)

(六) 塩崎繊維の資産状況は、昭和五〇年以後毎年一割程度で伸びており、平成元年一一月期末決算時には一〇倍と経営規模を拡大して、一流商社や大手業者を大口取引先とした安定した取引関係と資産内容の会社へと成長してきた。一方、その間の負債は、割引手形の額は会社の経営拡大、取引の伸びに応じた売掛金回収の受取手形が増えるに応じ増加してきているが、期末未収金にはその受取手形の不渡事故と考えられる計上はない。借入額も昭和六〇年以後自社ビルの土地購入資金としての借入れの他は、二〇〇〇万円弱の短期借入れが計上されているがほとんど翌期または翌々期には返済処理されている。

(乙一、二、三の1ないし14、五、七の1ないし17、一四、一五)

(七) 塩崎繊維と原告との融資取引の推移は次のとおりであった。

(甲六、七、一四、一五、乙一、七の1ないし17)

基本契約締結当時の期末手形割引残は二〇〇〇万円程度だけで、その他長期貸付と称される証書貸付や運転資金として短期貸付と称される手形貸付は一切なかったが、昭和五三年一一月期末からは手形割引残が二倍から三倍と拡大されているものの、平成元年一一月期までの取引は、手形割引取引以外は保証協会の保証付融資四〇〇万円余と二〇〇万円余の貸付が二回なされている程度であった。

その後、平成二年一月二三日に証書貸付で五億四〇〇〇万円の融資がなされ、以後手形割引の毎月末残は、当初約一億円であったのが毎月拡大し、同年一二月末には基本契約締結当時の一〇倍の約二億円に達するまでとなり、その間他の借入れはなされていないものの、右証書借入金の元金は全く返済されていない。平成二年一二月三一日右証書貸付は決済となっているが、同日にその決済額と同額の証書貸付が、一億七〇〇〇万円と三億七〇〇〇万円の二口で実行されており、貸替えがなされている。

その後、平成四年四月三〇日までの割引手形の月末残は二億円を超え、二億五〇〇〇万円前後にも達する時期があり、平成三年一〇月以降はそれが常態となる割引取引を行っており、その間右貸替えの二口の証書借入のうち三億七〇〇〇万円口についてのみ元金が二〇〇〇万円ほど返済されただけである。右二口の証書貸付分は平成四年一一月二七日に回収されたことになっているが、全国信用金庫連合会の資金による代理貸付の五億一〇〇〇万円の貸替えに振替えているもので、それがさらに平成六年一月一七日、原告の証書貸付への貸替えになり、一部元金返済後の残元金四億五五四〇万円についても、平成八年七月二六日に再度全国信用金庫連合会の資金を使用した代理貸による証書貸付四億五五〇〇万円への貸替えになっている。右証書貸付以外に、数回証書貸付九〇〇万円の貸付がなされていて、平成四年一二月二五日なされた手形貸付四〇〇〇万円二口は決済期限毎に書換えを繰り返し、返済されることなく塩崎繊維破産時には九〇〇〇万円に増大している。

したがって、原告の塩崎繊維への貸付取引の経緯からすると、丸ケイと塩崎繊維との取引が無くなった後の平成二年一月二三日の五億四〇〇〇万円の証書貸付を境に、本件契約当時唯一の取引であった手形割引額は一〇倍以上となり、取引内容も資金繰りに手形貸付や証書貸付が繰り返し行われ、平成八年の倒産時は、右証書貸付の全額に近い額と、その後繰り返された手形貸付及び手形割引額がそのまま借入残として残っていることになる。

(八) 一方、被告が経営していた丸ケイの経営、資産内容は悪化し、平成元年九月期末決算以降は赤字決算で、以降累積赤字は膨らむ一方で、被告に支払われる役員報酬は毎年低下し、平成八年度には年額七〇万円となった。その間、被告は、丸ケイの債務である銀行借入債務について被告の妻が永年蓄えた預金や兄妹の援助によって返済処理していき、平成七年一二月三〇日で丸ケイの経営を断念し、以後は厚生年金で生活している。

(乙九の1ないし15、弁論の全趣旨)

(九) 原告から被告に対しては、本件契約締結以後一切連絡はなく、二一年以上経過した平成八年一二月になって、突然電話連絡があり、塩崎繊維の連帯保証人としての責任の履行を求められた。

(弁論の全趣旨)

3 以上の認定事実に照らすと、被告の経営していた丸ケイと塩崎繊維との取引が無くなった後、塩崎繊維の経営規模は拡大し、平成二年一月以後原告と塩崎繊維との取引は本件契約当時の一〇倍以上となり、取引内容も資金繰りに手形貸付や証書貸付が繰り返し行われるようになってきたもので、このような事情については、塩崎繊維との取引もなく、経営にも関与していなかった被告においては全く予想しえないものとなっていたというべきである。

このような事情に加え、本訴請求が本件契約締結から二二年以上経過して提起されていること、その他前記認定の一切の事情を斟酌すると、原告の被告に対する本訴請求は、信義則上許されず、被告は、連帯保証人としての責任を免れるものと解するのが相当である。

4  原告は、塩崎繊維に対する回収不能債権は約四億六五〇〇万円であり、そのうちわずか一〇〇〇万円の請求をしているにすぎないことや、本件契約締結当時の塩崎繊維の割引手形の残高合計が約八一〇万円であると主張して、本訴請求が信義則に反しない旨主張する。

しかし、本訴の訴訟物は一〇〇〇万円の約束手形の買戻債務を主債務とするもので、他の債権について原告が被告に対して今後請求しないとの保証はなく、本件契約締結当時の割引手形は全て決済されている(弁論の全趣旨)のであるから、右主張は採用できず、前記判断は左右されるものではない。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当である。

(裁判官中村隆次)

別紙請求の原因

第一 主債務の成立

一 当事者

原告は、訴外塩崎繊維株式会社(以下「訴外会社」という)との間で、昭和五〇年一〇月一三日に信用金庫取引契約(甲一)を締結した。

なお、被告鎌田俊雄は、原告と訴外会社との間の信用金庫取引について、連帯保証契約(甲一)を締結した者である。

二 訴外会社に対する債権(主債務)の成立

1 訴外会社は平成八年七月三一日に、左記一通の約束手形(甲二)の割引を原告に依頼し、同日右手形の割引が実行された。

手形番号 DN02970

手形金額 金一、〇〇〇万円

振出人 株式会社セットイン

振出日 平成八年六月二五日

満期日 平成八年一二月二七日

支払地 東京都渋谷区

支払場所 株式会社東京三菱銀行代々木上原支店

受取人 塩崎繊維株式会社

第一裏書人 右同

第一被裏書人 相互信用金庫

2 原告は、右一通の約束手形を、支払期日に支払場所へ支払のために呈示したところ、資金不足との理由で、支払を拒絶された(甲二)。

3 原告と訴外会社との間に締結された、信用金庫取引約定書には、第一条(適用範囲)として、

この約定は、次の債務の履行について適用するものとします。

① 手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越、債務保証、外国為替、その他いっさいの取引に関して生じた債務の履行については、この約定に従います。

第六条(割引手形の買戻し)として、

① 手形の割引を受けた場合、…手形の主債務者(株式会社セットイン)が期日に支払わなかったとき…は、その者が主債務者となっている手形について、貴金庫(原告)から通知催告がなくても当然手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済します。

との規定が存する。

第三条(利息、損害金等)として、

② 貴金庫(原告)に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し年一四、〇〇%の割合の損害金を支払います。

との規定が存する。

4 従って、訴外会社は原告に対し、支払拒絶日(手形呈示日)である平成八年一二月二七日に額面金一、〇〇〇万円の約束手形の買戻債務を当然に負担し、その履行期である平成八年一二月二七日の翌日である平成八年一二月二八日から、右金一、〇〇〇万円及び右金一、〇〇〇万円に対する年一四、〇パーセントの割合による遅延損害金の支払い義務を負う。

5 なお、訴外会社は、平成九年一月二三日に破産宣告を受けている(甲三)。

第二 保証債務の成立

被告は原告との間で、昭和五〇年一〇月一三日、原告と訴外会社間の信用金庫取引について、訴外会社を主債務者とする連帯保証契約(以下、「本件契約」という)を締結した(甲一)。

右信用金庫取引約定書(甲一)後文には、

保証人は、本人(訴外塩崎繊維株式会社)が貴金庫(原告)との取引によって現在および将来負担するいっさいの債務について、この約定を承認のうえ本人と連帯して債務履行を負います。

との規定が存する。

第三 よって、原告は被告に対し、本件契約に基づき、金一、〇〇〇万円およびこれに対する平成八年一二月二八日から支払済みまで年一四、〇パーセントの割合による損害金の各支払いを求める。

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